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2008年2月 3日 (日)

米原の読み方、節分

  土曜日、日曜日と名古屋に帰っておりました。大学のほうで何もないときは、今のところできるだけ週末(土、日)は帰って家族との時間をとるようにしております。特に娘とは、日頃、遊びはもちろんのこと勉強も教えたりする時間もないので、せめて一緒にいる週末で、そのあたりフォローできればと思っております。平日も一緒に暮らせる環境になればいいのですが、当分は無理なことは自分なりに分かっているので、せめて一緒にいる時間は大切にしたいと思っております。

 東京のほうは雪のようで、昼間は新幹線のほうも遅れていたようですが、夜、乗ったときにはほとんど遅れはありませんでした。
 お昼のニュースで新幹線が遅れていることをレポートしておりましたが、TBSの報道記者が中継で言っていた一言に驚いてしまいました。米原(まいばら)というところを、「よねはら」と言っておりました。TBSの中継で出ている記者ですから、かなりいい大学を出ているわけで、慣れない地名とは言え、米原(まいばら)を読むのは常識ですよね。おそらく当たり前すぎて、原稿にもふりがなが書いていなかったと思いますが、これを「よねはら」と読むのは、テレビで最近出ているおバカタレントのレベルと同等ではないでしょうか。TBSはどんな人材をとっているのかと思ってしまいます。
 今日は、節分ということで、お昼は、恵方寿司を食べて、夜は豆まきをしました。恵方寿司は昨年のブログでも書きましたが、昔はそんなに流行っていなかったと思いますが、最近はどのお店でも売っていて、何かバレンタインデーやホワイトデー商戦のようです。海苔屋さんやお寿司屋さんは稼ぎ時なのでしょう。

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コメント

松原先生 おはようございます。
子供達は成長速いですから、かわいい時期(まあ、いつまでたっても子供は子供でかわいいですけど)は特に、接したいですよね。すぐに、親より友達の方が良い時代に入ってしまいます。
うちは昨日は一家で、『神戸市立博物館』に行ってきました。アメリカの「ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館」所蔵の『浮世絵』が帰って来ているので、それを観に出かけました。北斎や広重、歌麿を始めとして、色んな浮世絵師の作品が展示されていました。ちょっと認識を新たにしたのは、広重です、今まで、安藤広重だと思っていたのですが、「歌川広重」と銘記されていました。調べてみると、安藤は誤用だそうで、「歌川広重」が正しいそうです……美術部OBとしては面目丸つぶれです。
うちは、晩に、恵方巻を南南東に向かって一家そろってかぶりつきました。
ウチの嫁が買ってきた『日本人のしきたり』(飯倉晴武著 青春新書刊)には次のように書かれています(ちなみにこの本「ベストセラー」らしいです)。
『節分--なぜ豆をまくのか
 二月三日(年によっては四日)の節分には、多くの家で豆まきをします。また神社やお寺でも。その年の干支生まれの男女たちが、集まった人々を前にして豆まきをしたりします。
 もともと節分とは、立春、立夏、立秋、立冬など、季節の改まる前日のことを呼びましたが、しだいに立春の前日だけを節分と指すようになりました。この節分を境にして、暦の上では翌日から春になります。
 古代中国では大晦日に、邪鬼や疫病などを打ち払うため、鬼の面をかぶった人を、桃の木で作った弓矢で射って追い払う、「追儺」という行事がありました。
 これが奈良時代、日本に伝わり、平安時代には宮中で大晦日の行事として、さかんに行われるようになりました。
 このころは、ヒイラギの枝にイワシの頭を刺して家の門にかかげる、節分特有の飾りも広まっていったようです。ヒイラギは毒草でトゲがあり、またイワシは生臭物であったため、魔除の効果があると信じられたのです。
 豆まきの行事が定着したのは室町時代中期以降のことで、江戸時代になると、現在のような豆まきの行事が一般庶民の間にもひろがりました。本来は大晦日の行事でしたが、旧暦では新年が春から始まるため、立春前日の節分の行事に変わっていったということです。
 ちなみに、「福はうち、鬼は外」と大声で豆をまくのは、季節の変わり目は、鬼などの妖怪や悪霊が集まり、疫病や災いをもたらすと考えられていたため、豆をまくことによって自分の家から鬼を打ち払おうとしたのです。
 煎った豆は福豆と呼ばれ、その豆をまき、自分の年齢の数だけ(あるいは年齢の数プラス一個という地域もある)食べることで、邪気を追い払い、病に勝つ力がつくと考えられました。
 また「豆を打つ」ではなく「豆をまく」というのは、農作物で畑に豆をまくしぐさを表しており、農民たちの豊作を願う気持ちが込められているともいいます』(前掲書)
 節分の豆まきって、歴史があるんですね~。ウチの嫁、自分が好きなこともあって、子供達に“日本の伝統文化”を教えたいようです。

投稿: 阿頼王 | 2008年2月 4日 (月) 06時51分

阿頼王さん

ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館というのは知りませんでした。浮世絵とかは、ニューヨークのメトロポリタン美術館に行ったときに見たことがあり、日本の芸術がアメリカで評価されているのだと感じたことがあります。それにしてもお詳しいですね。
節分のこともとても勉強になりました。いろんな歴史があるんですよね。こういう日本の伝統文化の歴史というのももっと意識することが大切なのでしょう。私もこのあたり勉強していきたいです。

投稿: Mamoru Matsubara | 2008年2月 4日 (月) 23時03分

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