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2010年11月18日 (木)

公開授業。実験のしつけ。

 今週はFD(Faculty Development)の一環で授業公開をやっています。今日の1時間目は、学科の中でも質の高い講義をされるK先生の授業があったので聞きに行きました。さすがに講義資料も非常にまとまっており、全体の流れもいいし、話す内容にも深みがあります。学生の理解度の確認のための演習も入っており非常に参考になりました。やはり何十年も教育を経験されているだけのことはあります。特に、専門の難しい内容を分かりやすく説明するというテクニックは見習うべきところでしょう。まだまだそのあたりは、自分自身経験を積んでいかなければなりません。こういうベテランの先生の技術を盗んでいい講義ができるよう心掛けなければ。
 その後、2時間目は2回生の科学英語の中間試験で、自分のクラス以外にも非常勤の先生が担当する4クラス分の試験問題のとりまとめをしなければならなかったので大変でした。結果的に欠席者もそこそこいたので再試験の日程調整などもしなければなりません。来週の月曜日あたりに予定しております。それにしても必修科目のテストを休むということは何事かと言いたくなってしまいます。自分の担当する一番レベルの高いクラスでは全員出席だったので、どうも下のクラスでそういう傾向が見られるようです。英語勉強に対するモチベーションの違いによって変わってくるのかもしれません。本来ならば英語の勉強を必要とする層にもっとがんばってもらいたいのですが。そのあたりどう興味をもってもらえるか難しいところです。

 午後は、2回生の基礎バイオサイエンス実験で、遺伝子の基本実験ということで、植物細胞からDNAの抽出と濃度決定をしました。概ね興味深くかつ上手に実験できたようでした。ただ、分光光度計で測定する際に使用する石英セルが、最後のチェックで2個足らず、実験スタッフの方に探してもらったらゴミ箱にキムワイプに包んで2個とも捨ててあったということでした。おそらく無意識に捨ててしまったということなのでしょうが、これは大変な問題なので、学生さんには今回の事の重大さを認識してもらわなければなりません。実験操作のみならず実験器具の使い方、後始末などの基本的なしつけも最初の時にしっかりと教えていかなければならないと改めて痛感しました。

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コメント

松原先生へ
今週は、自分のブログ、一日1エントリを実施しようと、そちらの方に力が行っちゃっておりました。
K先生がどのような方なのかは知りませんが、
『専門の難しい内容を分かりやすく説明するというテクニック』
を持っておられると言う事だけで、『ご自分の専門を本当に本当に“理解”されている方』である事が伝わってきます。
『自分が解る』<『人に教えれる』<『人に分かりやすく教える』
ですからね。

最近の学生さんは、わたしたちの学生の頃と、その『メンタリティ』が違うような気がします。
それは単に『出来ない』とか、というレベルでは無くて、『知識』に対する『餓え』のようなものがすっぽりと抜け落ちてしまっている『学生さん』が、まま見受けられる。
彼らは『何一つ不自由のない環境』で育ってきて、全て『受身で』生きて来て、やれば出来るだけの『ポテンシャル』を持ちながら、根本的に『やる気』がスポイルされてしまっている、と言うのが特徴のようです。
『スチューデント・アパシー』のようで、そうではない。一体これは何なんでしょうね?
もちろん、今は一部の学生さんですけど、徐々に『増加』傾向にあるような気がします。先生はどうお感じでしょうか?
彼らの心の中には「ここは自分の“居場所”ではない」と言う『疎外感』のようなモノが有るような気がします。
だからと言って「どこが自分の“居場所”なのかも解らない」。

『分光光度計で測定する際に使用する石英セル』、一見、ただのガラス(或いはプラスチック?)の小さな『容器』のように見えますけど、結構高価なモノですよね。まあ、値段よりも気になるのは、『理科系研究者』として、実験器具を粗略に扱う(まして、ゴミ箱に捨ててあった)と言うのは、『研究者』としての資質を疑ってしまいますね。
実験器具は研究者にとっては『武士の剣』のようなモノだと思いますよ。
ところで、わたしも分光高度計を扱っていた事がありましたが、『石英セル』を繰り返し洗浄して使って居る内に、徐々に『曇って』来て、正確な値が出なくなってしまったら、『お疲れ様』で、廃棄処分させて貰ってましたけど、あれって『再生』出来るのですか?

と、話が飛んでしまいましたけど、『必修科目のテストを休む』生徒さんの中には『自分がやりたいと思って学部選択したけれども、どうにもやりたい事とは違っていた』と言う生徒さんも居るのかも知れませんね。
『ただ、四年間、大学生という(社会的に保証された)位置にいて、遊びたい』と言う学生さんは別として、そのような『悩み多き学生さん』の場合、しかも大方、そのような学生さんは『本当に自分がやりたい事が解らない』。贅沢と言えば贅沢な悩みなんですけど、本人にとってはかなり『深刻な悩み』になりますよね。そのために最近は専属の“精神科医”や“臨床心理士”“カウンセラー”の方とかがいらっしゃる『学校』も多いようですけど、彼ら『専門家』でもそう簡単に救うことは出来ない。ココに落ち込んでしまった学生さんは、実は『本当に真面目』。『真面目』だから余計に救いにくい。それは『外見』からは『サボっている』としか見えないかも知れませんが、『彼らは本当に悩み、苦しんでいる』。
そこまで『悩んで苦しむ』なら『進路変更』すればと思うのですけど、彼らは進むべき自分の『進路』が解っていないし、『進路変更』に要する『エネルギー』は入試のエネルギーよりも大きなエネルギーが必要。それで、「にっちもさっちも」行かない状態になっている。
そんな(昔は見られなかった、或いは見ていなかったのかも知れませんけど)学生さんが居ると、周りの人が「何気なく言った言葉」や「何気なく行った行為」が、その学生さんにとっては『非常に重い』モノになってしまう。
こういう学生さんも、怠惰としか見えない学生さんの中に埋没してしまっているかもしれませんから、指導教官としては、気を付けなければならないと思います。
本当に、複雑な『世の中』になってしまった感はありますけどね。

投稿: Kouryuu | 2010年11月19日 (金) 09時39分

Kouryuuさん

学生のメンタリティーは確かに変わってきているような気がします。勉強が受け身は確かです。本来なら大学は自分で勉強するところなので、受け身ではダメなのですが、自学できる学生さんは少ないです。というか全く学問に対して興味を持てない、自分が何をすれば分からないといった学生さんも多いです。教育の仕方にも問題があるのかもしれません。そのあたり今後の教育の課題なのでしょう。

曇った石英セルの再生は私も経験がないです。再生できるのか分からないです。

Kouryuuさんが言うように授業に出席していない学生さんの中には、単にさぼっているというのではなく、自分なりに考えてそういう行動をしている人などいろん理由で欠席している人がいます。そのあたりを教員側がどれだけ把握して対処するのかも大切なところです。昔なら、大学だったらほかっておけばよかったのでしょうが、今は一人一人状況を把握して対処しなければならないというのも事実です。それが実は一番大変なのですが。

投稿: Mamoru Matsubara | 2010年11月20日 (土) 11時27分

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